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荒馬のつれづれ日記

好きなことを、好きな時に徒然と綴る日記です。

『きみが来た場所』

 みなさん、こんばんは。

最近は絵本以外の本を読んでいる荒馬です。

 

家にある絵本も2巡ほどし、

年明けから絵本セラピーの回数も多いので、

プログラムに必要な絵本は読んでいるのですが、

まだ手元にない絵本を読み始めると、

欲しくて堪らなくなり、

夜な夜な【ポチッ】とボタンを押してしまいそうになるので、

最近は、

絵本以外の【積ん読】していた本を読んでいます。

 

昨年の4月以降、絵本を読む割合の方が多かったので、

小説などの字が多い本を読むのに、

時間を要するようになりました。

慣れから離れ、感覚を忘れるのはあっという間ですね。

字も同じ。

少し書かない期間があると、途端に字が下手になります。

 

今日はこの本を読みました。

きみが来た場所 Where are you from? Where are you going?

きみが来た場所 Where are you from? Where are you going?

 

読むのに時間が要する時には、

好きな作家さんの作品を読むことで、

【慣れ】を取り戻せるような気がしています。

喜多川泰さんの作品は、あっという間に読み終えられるので、

以前『母さんのコロッケ』というタイトルで発売していて、

今回、新装版としてタイトルを変更し、

書き下ろしの追加ページもあるこちらをチョイス。

 

母を亡くして11年の時が経ちましたが、

未だに、

病気モノ・母親が主題になるモノは、

切なく、悲しく、無性に母に会いたくなります。

数年前までは、こういった本は避けていたのですが、

最近は、

母を恋しくなるものの、感じ方が変わってきています。

自分も母となり11年。

【娘である荒馬】【母である荒馬】の2つの視点が、

ようやくバランス良くなってきたように思います。

 

前回読んだ後も、

今回読んだ後も、

やはり母に会いたくなりました。

もう一度だけで良いから、話をしたい。

息を引き取る間際に、何かを言おうとして、言えなかった母。

亡くなる10日前から、

思うように話せなくなり、

「うん」「ううん」しか言えませんでした。

あの、

最後の最後に、何としても伝えたい

伝わってという、力を振り絞っている眼光の鋭さは

今でも忘れられません。

あの瞬間、病室には私と母の2人きり。

本当に瞬間の出来事でした。

 

すぐに眼の光は消え、

病室に医師や看護師がバタバタと駆け込んできました。

父と兄は、一旦、自宅へ休憩に戻っており、

あの瞬間の目を見ることはできませんでした。

 

『きみが来た場所』は、

母親というより、父親が色濃い小説なのですが、

どうしても、荒馬は、

母親を思い出してしまいました。

 

今まさに父親になろうとしている人、

現在、父親の人、

そんな人が読むと、また受け取りも違うのだと思います。

凡師さんにも、

感想を聞いてみたいと思います。

 

母親になる心境より、

父親になる心境の方が、はるかに複雑な気がします。

母親である自分が、

その部分を理解できるかは不明ですが、

父としての自分を語る男性と、

ゆっくり話をしたくなりました。