荒馬のつれづれ日記

好きなことを、好きな時に徒然と綴る日記です。

聴ける人になってきた!!!!!

みなさん、こんばんは。

聴くより話したい、「聞いて聞いて~」の荒馬です。

 

とにかく話すのが好きです。

好きという次元でありません。それが普通。

仕事をしていた頃は、

自分が話す場面では話して、聞く場面ではしっかりと聞く。

これが上手にできるのですが、

プライベートというか、仕事を離れた瞬間に、

永遠に話し続けられる。

 

子どもができて、ここに変化が。

たくさん話を聞きたいと思うようになりました。

小小凡師くんが産まれてからは、

声なき声、心の声も読み取りたくなりました。

そのためには、自分は口よりも【目と耳と心】を磨かないと!!と思うように。

【聴】という漢字は、

耳と、向きを変えた【目】と【心】が入っています。

まさしく!!です。

 

聴くためには、待つことが大切。

そうか、荒馬はこの【待つ】ことや【間】が苦手だったのです。

 

仕事を辞めてから、1日に話す人の数が格段に減りました。

当たり前です。教師だったのですから、毎日、100人以上と話します。

朝から、暗くなるまで。

それが、家に居るようになって、

少ない時は【凡師さんと小凡師くん】のみ。

寂しく感じていたのですが、これが功を奏したのか、

話さない事が苦痛ではなくなったのです。これは良い意味で。

それよりも、

聴きたい・知りたいと思うように。

 

もちろん、友人と話す時には、マシンガントークです。

普段の何倍も話すので、普通の速度なのに何度も噛むくらい。

でも、以前よりも、

人の話を聴けるようになりました。

以前は、どこかで「ねえ、私の話も聞いてよ~」というオーラが

自分でも出ているのが分かるほど。

話したくてウズウズしている自分に気付くほどでした。

 

聴けるようになると、考えるようになります。

考えるようになると、受け入れたり理解できるようになります。

新しい視点に気付いたり、発見がたくさんあります。

そして、自分が言おうとする言葉も

しっかりと考えて、吟味して、発することができるようになります。

こんなに、人の話を聴くのが面白いことだったなんて。

それくらいの変化です。

 

ただ、聴く際の合いの手を入れるのは下手です。

質問を入れたり、こうなんですか?などと言おうものなら、

まだまだ自分の話に持っていってしまいます。

もう少しです。

合いの手に関しては、小凡師くんの反応を見ていると、よく分かります。

小凡師くんの[もっと話したい]という気持ちを

時として削いでしまうのです。

 

この人に聞いて欲しい と感じてもらえるようになりたいです。

この人なら聴いてくれる と感じてもらえるようになりたいです。

 

聴く力は、単に耳を傾けるだけでは足りないですよね。

上手な合いの手を入れて、ある意味、相手をのせるという技が必要です。

そして、安心感を持ってもらえる。という雰囲気づくりも。

小凡師くんの話を聴くとき、

たまにテレビの画面を見ます。テレビの画面は電源を切ると鏡になりますよね。

そうすると、聴いている荒馬の顔が見られます。

「あ~、こんな顔の人に聞いてもらいたいとは思わないなぁ」と感じることも。

 

耳と目と心

これは、表情だったり、合いの手だったり、安心感だったりも加味されます。

 

これまでは「私ばっかりしゃべってゴメンね」という台詞が多かったので、

これからは「私ばっかりしゃべっちゃった」と言ってもらえるような、

そんな人になれたらと思っています。