荒馬のつれづれ日記

好きなことを、好きな時に徒然と綴る日記です。

思春期の入り口と新しい親子関係

みなさん、こんばんは。

親として新しい立ち位置が必要になってきたと

実感している荒馬です。

 

小凡師くんは現在10歳。4月から5年生になります。

まだまだ可愛らしい部分(本人は可愛いと言われると怒りますが)や

無邪気さ、純真さがありますが、

そんな彼も【思春期の入り口】に立っているようです。

学校で習ったとは言え、体が変化する自分、

自分が思い描くモノと現実のギャップとに悩む自分

他人が妙に気になり、自信をなくしそうになったり、

恥ずかしい・悔しいという心の変化を上手に表現できない自分

心と体の変化にまだついて行けず、戸惑う小凡師くん

思わず涙してしまったり、他愛のないことで落ち込んでしまったり。

 

こういった変化は反抗期も含めて必要な時期ですし、

乗り越えていって欲しいなぁと思っています。そのためのサポートは

最大限したいとも思っています。

彼が思春期の入り口に立つと同時に、

親としても【新しい親子関係】の構築をしないとなぁと感じます。

すでに、「お母さんには知られたくない」「お母さんには言いたくない」

という発言が増え、

凡師さんとお風呂の中で時には1時間近くも話をし、

時折、涙声の小凡師くんの声がきこえてきます。

 

小凡師くんは、とても真面目で、優しい男です。

が故に、その真面目さと優しさが彼を苦しめることも。

自分自身と向き合う年齢になり、その苦しさから逃げたくなる時も

今後は出てくると思います。

親が出る場面・親が待つ場面・親が引く場面を見間違わないように

彼を見守る目と寄り添う心だけは敏感にしておこうと思っています。

同時に、【線を越えない】ことも教えられたらと思っています。

自分との折り合いがつかない、周りは分かってくれないからと言って、

人や物を傷つけたり、理不尽な言動をして欲しくない。

そう考えているからです。

 

以前、教え子の同窓会に呼ばれた時の話題です。

同級生の中に

「大人は分かってくれない。なんかイライラする」と言っては、

人や物に当たったり、周りを傷つける生徒がいました。

当然、親も先生達も彼と向き合うために努力していたつもりですが、

それでも中学時代には、そのままだった生徒です。

同級生の彼らから聞いたところによると、

その生徒は年齢を重ねながら、心を入れ替え、今は立派になっていると

いう話を聞きました。

 

その生徒だけのことを考えると、辛かっただろうなぁとか

這い上がった根性や周りとの素敵な出会いも彼を助けたのだろうと

思いました。私一人が救えるなんて偉そうなことは思っていませんが、

彼と関わった大人として、無力で不甲斐ないという気持ちも。

 

ただ、同級生たちは少し違った見方をしていたのです。

「確かに自分の失敗に気付いて、やり直したのはスゴイとは思う。

 でも、前の同窓会で会った時に「あの時はすみませんでした」と

 言われたの。その時、とても腹が立ったし、身勝手だなとも思った」

 

「悪さをしていて、心を入れ替えて頑張っている人が評価されるのって、

 やっぱり少し理不尽な気がする。自分たちは、線を越えないように

 自分と戦っていたのに、そいつは好き勝手やってさ、自分たちも

 大いに迷惑をかけられて、傷つけられたのに」

 

「頑張っている奴がバカを見るって、学生時代だけじゃなく大人になっても

 あるのかも。って思う。あの人は今じゃ偉そうに私たちに説教してたり、

 相変わらず、大人なんてみんなバカだって言っていたり、学校の先生の

 こともバカにしてる。あれだけ、構ってもらったくせに」

 

と話し始めると、口々に出てきました。

やった本人よりも、もしかすると被害を受けた側の方が、

心の傷の完治に時間が要するのかもしれません。

 

「大袈裟かもしれないけど、あいつのせいで台無しになった楽しいこと

 たくさんあるよ。うちらだって、傍観してただけじゃないし、

 先生達と一緒に頑張っていたと思うけど、向こうは歩み寄ってくれる

 ことも理解しようともしなかった」

 

「それなのに、今さらなに? って思ったんだよね。自分の子どもは

 そういう風にならないよう、線を越えない人間になれるような育て方を

 したいって心から思うよ」

 

彼らの中には、すでに親となり子育てをしている人達がいます。

思い出話から、あのとき言えなかった心の叫びを私にぶつけ、

そして、親目線で、その同級生を受け入れつつも、自分たちのような思いを

他人にさせないような人になって欲しいと自分の子に願う。

 

愚痴を言い出した時には、さすがに焦りましたが、

話の着地点への過程が本当に素晴らしかったです。彼らの方が、

よく周りを見て、そこから様々なことを感じ、学んでいたのだと、

ただただ感心するばかりでした。

 

この出来事だけで、思ったわけではありませんが、

荒馬も彼らと同様に

【頑張っている人がバカをみるわけじゃない】

【線を越えない強さや自分の芯を持って欲しい】と思っています。

そのために具体的に

こうしきゃ・これはダメというのは持っていません。

それも荒馬の価値観であって、小凡師くんの価値観ではないからです。

その時に、小凡師くんと膝をつき合わせ

じっくりと向き合える【親としての芯】は持ちたいとは思っています。

本を読んだりしてヒントは得られても、

小凡師くんは、小凡師くん。

彼の人間性や価値観を否定せず、受け入れつつも、冷静に諭すことが

できれば良いのですが、そんな穏やかにいられるかどうか。

 

こんな時は、荒馬母と話がしたくなります。

たぶん、荒馬兄も荒馬も、親の心子知らずの典型的な思春期を

過ごしていたはずです。

あの時、どんな気持ちだったのだろう。

どんな【親としての芯】で私たち兄妹に向き合ってくれたのだろう。

あの世と交信できる術があれば、聞きたいこと、話したいことがたくさんです。

 

まずは、凡師さんとじっくり話し、互いに協力して

2人で子ども達と向き合い、2人で同じモノを目指していこうと思います。