荒馬のつれづれ日記

好きなことを、好きな時に徒然と綴る日記です。

『この声をきみに』

こんばんは。

朗読に興味津々な荒馬です。

 

朗読の世界を楽しめる、

NHKドラマ10『この声をきみに』

最近の NHKドラマ、好きです。

 

荒馬は読み聞かせはします。

教師時代は、範読も音読もしました。

ただ、

朗読は経験がありません。

絵本セラピストになってから、

とても興味津々の分野です。

絵本セラピスト仲間の中には、

朗読家さんが何人かいて、

イベントをやっていたり、

コンクールに参加したりしています。

 

近くに朗読教室があれば、

すぐに通いたいのですが、

なかなか見つかりません。

 

こうなると、荒馬得意の

【まずは知識の学習】がスタートです。

そして、

機会に恵まれた時に、実際に触れる。

さらに、

とりあえず、

自分が思ったように、考えたように、

やってみること。

 

ということで、

『この声をきみに』で使われていた作品を

荒馬も朗読してみました。

音読と朗読の違いというのを、

ドラマの中では、

[音読は、声に出して読むこと。

   朗読は、誰かに伝えたいと思って読むこと]

と言っていました。

ですので、

目の前にいる小小凡師くんに向けて、

雨ニモマケズ

『ふたりはともだち』

『生きる』

を読みました。

 

感想を聞かないのが残念ですが、

読んでいて感じたのが、

音読と朗読では、

相手の思い方が違うので、

これまでにない感覚でした。

絵本を読み聞かせする時は、

どうしても、

絵本の内容をしっかり伝えたいという事を

考えてしまうので、

声の明瞭さ、声の大きさ、滑舌など、

技術面の読み方を考えていました。

特に絵本セラピーの場合には、

あまり感情を込めすぎないように。

というのがあります。

読み手が、その絵本をどう捉えたのかが

見えすぎてしまうと、

聞き手の方々が、

純粋に感想を抱けなくなり、

読み手側が誘導する事になりかねないからです。

 

読み方の違いは、

聞いてる人には、もしかしたら、

全て同じに聞こえるかもしれませんが、

読んでいる側は、

大きく違いました。

 

益々、

読み聞かせについても、

朗読についても、

学びたくなってきました。

 

やりたいことが溢れて、

全部中途半端にならないよう、

気を付けたいと思います。

今は、

他の分野の勉強の真っ最中なので…

 

伝えようとする力を育て、引き出す

こんばんは。

意思を伝えることについて

考えている荒馬です。

 

以前も書きましたが、

小小凡師くんは医療的ケアが必要な子です。

出産時のトラブルでしたので、

産声も聞いていません。

数ヶ月後には、

気管切開をして、

気管カニューレというものを付けました。

そこで呼吸をしています。

 

声帯の前あたりから切開し、

器具を付けているので、

声を出すことはできなくなりました。

もともと、

声を出せる可能性が低かったので、

声を出す可能性を信じるよりも、

自発呼吸が楽にできることを、

選択しました。

 

この7年、

凡師さん、小凡師くん、荒馬は、

小小凡師くんとのコミュニケーションを

大切にしてきました。

何かを伝えるのは、

言葉だけではないのだ。

それを改めて実感しています。

 

表情で、

自分の意思で動かせられる体の部位で、

小小凡師くんは、

一生懸命に伝えようとしてくれています。

彼が伝えたいことの半分も、

理解したり、

受け取れていないかもしれませんが、

読み取ろうと努力はしています。

 

小学生になり、

家族以外の人との関わりが増えてから、

【伝えたい】が大きくなっているように

感じています。

そして、

その手段も上手になっている気もします。

 

腕をあげる、指を動かす、

まばたきをする、眉間にしわを寄せる、

うなづく。

これまで、

作業療法理学療法の医師の力を借り、

医師と家族が頑張ってきたことが、

少しずつ、

本人の意思で表出できるように

なってきました。

 

まだ、YES・NOの返答だけですが、

大きく前進してきています。

 

家族は、

小小凡師くんの代弁者であり、理解者。

彼の動きや表情を見ながら、

アテレコしたりもします。

気を付けているのは、

こちら側の思いを、

小小凡師くんを媒体にして伝えることは

しないということ。

 

勝手に思いを決めてしまうと、

伝えること、伝わることの楽しさを

諦めたり、辞めてしまうかもしれないからです。

 

荒馬は、

いつか何らかの手段で、

思いを伝えられると信じています。

そのために今は、

こちらもたくさん声をかけ、

反応を引き出したり、

伝え方のパターンを会得して欲しいなぁと

思っています。

 

小小凡師くんが生まれるまでは、

伝達手段は話すこと。

これがスタンダードで、

身近にいないために、そのほかの手段は

イレギュラーなものでしたが、

小小凡師くんが生まれてからは、

その【当たり前】の数々が、

実は、

狭い世界の当たり前だったのだと、

思い知らされています。

 

当たり前を、当たり前のこととして、

できない人はたくさんいます。

そこに固執しすぎないように、

視野を広く、柔軟性を忘れずにいたいものです。

 

日帰りで札幌へ

こんばんは。

十数年ぶりに飛行機に乗った

荒馬です。

 

土曜日に絵本セラピスト協会主催の

絵本力フォローアップ講座が

札幌市であったので、

日帰りで行ってきました。

ここに来て、

絵本セラピーや

絵本を使った講演の講師のご依頼を

立て続けに頂き、

本格的に活動再開となるため、

絵本モードに切り替えようと思い、

参加することにしました。

 

当初は、宿泊の予定でしたが、

凡師さんが日曜日に仕事が入り、

日帰りで行くことに。

 

凡師家は旅行へ行く際、

自家用車とフェリーを使っています。

ですので、

飛行機やJRに乗るのは、実に十数年ぶり。

公共交通機関に不慣れな荒馬は、

かなりドキドキの日帰り旅行となりました。

 

それでも、移動も良い経験とリフレッシュ。

家を出発して、帰宅するまで、

思う存分に楽しもうと決めて、

意気揚々と出かけました。

荒馬のワガママなお願いも、

快諾してくれて、

行かせてくれた家族のためにも、

楽しみながら、勉強も頑張りました。

 

久しぶりに絵本セラピスト仲間にも会えて、

束の間の時間でしたが、

とても充実した時間でした。

 

思えば、1人で買い物以外で外出したのは、

秋田に引っ越して来てから初めて。

以前は、

勉強会に参加したり、

友人と飲みに出かけたりしていました。

こちらに来てからは、

なかなか機会に恵まれず…。

 

凡師家は基本、

凡師さんの仕事や用事が最優先です。

小小凡師くんの介護もあるので、

どちらかが家に居ないといけません。

特に、こちらに来てからは、

以前のように、

訪問看護を気軽に利用できないので、

そこが悩ましいところです。

 

高齢者が多い秋田県ですので、

介護サービスも、小児より、

高齢者が優先度が高くなります。

なんと言っても、

日常的な介護者も高齢になるので、

よりサポートが必要です。

対して、

小児は絶対数が少ないのと、

サポート体制が整っていない自治体が多く、

荒馬が住んでいる市は、

小小凡師くんのような子は、

前例がないようで、

なかなか体制が整いません。

 

それでも、今回は行くことが出来ました。

本当に感謝しかありません。

そして、

参加して本当に良かったです。

今後の活動のアイディアも溢れ、

改めて、

こんな状況や環境の中でも、

やりたい事ができることに、

感謝の気持ちを忘れてはいけないなぁと、

再認識したところです。

 

絵本力フォローアップ講座では、

瑞雲舎代表取締役の井上さんが講師。

出版・編集の本業をしつつ、

読み聞かせのボランティアをやったり、

絵本セラピスト協会のために、

全国各地で講座をやっていたり…。

何より、

講座のための準備が徹底しており、

自身も楽しみつつ、

参加する人のためにという想いが、

伝わる講座です。

 

大袈裟な言い方かもしれませんが、

一言も聞き逃したくない。

一挙手一投足を目に焼き付けたいと

感じさせてくれます。

あの姿勢を見ているだけでも、

十分に刺激を受け、学びになります。

 

荒馬も

準備の徹底や自身も楽しむ事、

想いが伝わるセラピーや講演を

行おうと、

改めて、身の引き締まる思いです。

 

秋田県では、

まだまだ知名度が低い絵本セラピー。

最近では、

テレビで[大人にこそ絵本]という

特集が組まれた番組が、

様々な局で放送されるようになっていますが、

それでも、

興味関心が向かなかったり、

絵本セラピー?絵本セラピスト?

と感じたり、

絵本なんて子どもの物だろうと

思われている人の方が多いはずです。

 

そんな中、

興味を持っていただけた上に、

ご依頼を頂ける事は、

有難い限りです。

 

中途半端な姿勢では失礼にあたります。

依頼して良かった、

参加して良かったと、

1人でも多くの方に思ってもらえるよう、

荒馬も頑張ろうと思います。

 

そして、

アップデートのため、

インプットのため、

勉強会にも可能な範囲で、

参加したいなぁと思います。

『ちゃんと泣ける子に育てよう』

こんばんは。

久しぶりに小凡師くんの泣く姿を見た荒馬です。

 

最近は、叱ったり怒ったりすることもなく、

荒馬も穏やかに、

しかし、

子育てにはメリハリを持って、

生活できるようになってきました。

引っ越しから半年経って、ようやく、

精神的に元に戻ってきた気がしています。

 

高学年になると、叱ったり怒るよりも、

きちんと話を聞いて、きちんと話をするようにしています。

お互いに感情的にならずに、

気持ちを落ち着かせて、話し合うと、

話している中で、お互いに、整理したり、納得できてくるからです。

そんな風なので、

泣いてしまうという光景も見なくなってきました。

基本的に、

泣き虫な小凡師くんですが、心も逞しくなってきたと思っていました。

 

そんな矢先、

泣きながら帰宅した小凡師くん。

定期的に【持ち帰りデー】というのがあり、

上靴や体操服、歯ブラシセットなどを持ち帰ります。

上靴を入れるための袋が見当たらなかったようです。

入学してから、靴入れに使っていた袋であること、

日頃から、

物の管理をしっかりと責任を持ってと荒馬が言っているので、

無くしたら怒られると思ったという理由から、

袋探しに固執してしまい、

涙したようです。

 

数名の同級生が探すのを手伝ってくれたり、

先生が代わりの袋を用意してくれた上に、

「必ず見つかると信じて。大丈夫。今日の所は家に戻りましょう」と

言ってくれたようです。

 

自分が、自分だけの感情で周りの人に迷惑を掛けてしまったことが、

1番の涙の理由でした。

恥ずかしくて、悔しくて、申し訳なくて…。

 

泣きながら、興奮して支離滅裂な説明をしてくれたのですが、

まずは、ギュッと抱きしめて、背中をさすってあげました。

久しぶりに抱きしめた小凡師くんの背中はとても大きくて、

しかし、身体の大きさとは裏腹に、

まだまだ脆い心と葛藤している小凡師くん。

落ち着いてきたと同時に、

冷静になったからこそ見えてきた感情に、

声を出して泣き始めました。

 

存分に泣かせてあげました。

とにかく背中をさすり、待ちました。

以前なら、

「もう泣かないの」なんて言ていたことでしょう。

しかし、

今日はその言葉が出ませんでした。

「悔しかったね」「恥ずかしかったね」「迷惑掛けちゃったよね」

と、小凡師くんの言葉を、そのまま返してあげました。

そうすることで、

どうして帰宅が遅くなったのか、

どうして泣いているのか、

どんな状況だったのか、

結果、どうだったのか

を整理して、話すことができました。

 

まぁ、怒られなかった安心感もあったのだと思います。

 

しかし最後に、

周りに迷惑をかけてしまった自分を

とても責めてしまっていたので、

「考え方を方向転換してみない?

 確かに迷惑をかけてしまったかもしれないけれど、

 もし小凡師の周りに意地悪な人が多かったり、

 小凡師が嫌われたりしていたら、

 今日みたいに、たくさんの人が、

 困っている小凡師に手を差し伸べてはくれなかったんじゃないかなぁ?

 小凡師の周りには、優しい人がいて、

 小凡師自身も助けてもらえるような人だってことじゃない?

 

 失敗はしたけれど、

 その失敗のお陰で、素敵なことが分かったじゃない。

 今日は、少しテンパってしまったと思うから、

 お礼も言えなかったと思うの。

 月曜日に、改めて、ありがとうを伝えたら?」

最後の最後に、

荒馬からこんな話をして、終わりました。

小凡師くんも、

「失敗したけど、そうか、僕の周りは優しい人で溢れてる。

 新しい学校でも、良い人達に出会えて嬉しいな」

と言っていました。

 

泣き虫=弱い 

というわけではないのだと思いました。

泣くのを我慢させ続けたら、きっと、

知らないうちに、どこかに、我慢を溜め込んでしまうはずです。

泣くと怒られる。

泣くのはダメなことなんだ。

そんな風に、知らずに子どもを追い込んでしまうのかもしれません。

 

去年買って読んだ本を思い出しました。 

ちゃんと泣ける子に育てよう 親には子どもの感情を育てる義務がある

ちゃんと泣ける子に育てよう 親には子どもの感情を育てる義務がある

 

一度読んだはずなのに、内容を忘れてしまっています。

今日から、また再読します。

 

ちょうど11月に、子育て支援協議会の特別講演で、

絵本セラピストとして講師を務めることが決まったので、

そのための勉強にもなります。

 

こういったカテゴリーの本の内容を忘れてしまうということは、

おそらく、

自分自身を俯瞰できていなかったからだと思います。

今なら、

しっかりと頭と胸に刻め込める気がします。 

 

自分にとって、素敵な歳の重ね方・理想の高齢者

こんばんは。

高齢者について感じたり、

考えている荒馬です。

 

秋田県高齢者が多いです。

特に荒馬が住んでいる地域は、

後期高齢者がとても多いように思います。

(実際、多いと思います)

高齢者が多い事が目立つように感じますが、

要は、

若い人が少ないという事なのですが……。

 

さて、小さな地域ではあるのですが、

それでもやはり、

顔を合わせて、お話をするのは、

ごくごくご近所の方くらい。

荒馬が住む家の近所は、

若い世代が本当に少なくて、

しかも、

荒馬が住む地域の共働き率は80%と高め。

(今はどの地域もそうなのでしょか)

たとえ、ご近所にいたとしても、

あまり、若い世代と関わる事がありません。

 

子どもが学校に通っていると、

親同士の繋がりも生まれそうなものですが、

小さな地域なのに珍しく、

横の繋がりも少ないらしく、さらに、

引っ越して来たばかりの荒馬には敷居が高いのが現状。

案外、無くても何とでもなるものですが…。

 

ということで、必然的に高齢者の方との会話が増えます。

そして、

昼間、お見かけするのも、やはり高齢の方が多いです。

 

荒馬、顔と名前が一致していなくても、

むしろ名前も顔も知らなくても、

自宅の前や近所で会う人なので、

挨拶をしています。とびきりの大きな声で!

声を掛けられて驚かれる方もいらっしゃいますが、

それよりも、

その次の行動に、人柄が出るモノです。

 

これは高齢の方にだけ言えることではないのですが、

荒馬は、

できることなら、

いつもニコニコして、穏やかなお婆ちゃんになりたいと

思っていて、

できれば、

周りの高齢の方も、

そういう人達で溢れていて欲しいと思っているわけです。

長い年月、様々な経験をしてきたからこそ、

歳を重ねた時には、ドンと・デンと

穏やかにできるのではないかと、勝手に思っていました。

 

よく、歳を取ると頑固になると言いますが、

それは、

持って生まれた性格や人柄によるところが多いと思うので、

一概に、みながそうなるわけではありません。

とは言え、

現役時代と比べて、生活にハリがなかったり、

子どもや孫が遠方で、少し寂しい。

老後にやることが見つからない。

と言ったケースの場合は、

少なからず、性格や人柄に変化が生じてきます。

これがひどくなると、高齢者特有の鬱や認知症を引き起こすこともあるとか。

 

荒馬も近所の方との会話でよく聞くのが、

「凡師家さんが羨ましいわ」という言葉。

子どもと孫が帰って来て、一緒に暮らしてくれる。

ほんのちょっとだったとしても、

これは年老いた親の願いなのだと思います。

「孫も大きくなってから、面倒がって来なくなっちゃったの」

「いつの間にか、自分たちの生活の方が優先になっていくのよね」

「こんな田舎になんて暮らしたくないって、お嫁さんが言うのよ」

「息子も田舎に帰って、どうすれって言うんだって言うのよ」

「だから、暇な、おら達が遊びに行くんだ」

「それでも、寂しい」

こんなお話を、多くの方から聞きます。

 

ご近所の方、みんなが、そんな風に仲良く話してくれるわけではありません。

中には、

挨拶を何度しても、無視する方もいます。

挨拶も、

ちょっとしたタイミングを逃すと、

距離だったり、声の通りだったりが離れてしまうため、

声を出した挨拶をしそびれることも…。

そんな時にだけ決まって

「うちには、挨拶もしないのよ」なんて言っていたり…。

 

会う度に文句を言う方もいます。

羨ましいを通り越して、妬みに変わっているんだよ。

と言う人もいるのですが、

それにしても、

悪質で、意地悪なんです。

 

老いも若きもですが、意地悪な人は、

その理由が様々なことが多いモノです。

その背景を理解してあげることも大事ですが、

一定の距離を保つことも大切です。

会社の上司などは、特にそうです。

そして、

意地悪な人というのは、人相に出るのだとか。

いつも怒ったり、文句を言っているので、

次第に、穏やかな表情を忘れてしまうのだそうです。

 

たしかに、あの人も、顔つきが……。

 

さっきも言ったように、荒馬の勝手な思い込みですが、

歳を重ねると、穏やかになるもの

と思っていたので、何だか、そういう人を見ると、

何故、そんなにも、尖っているのか、

知りたくなってしまいます。

何が彼を、彼女を、そうさせてしまうのか、

そうさせ続けてしまうのか…。

 

それでも、荒馬は、

元気な大きな声の挨拶をし続けようと思います。

仲良くならないにしても、距離を保っていても、

挨拶は、また別物ですので…。

 

今は、以前の住んでいた場所よりも、

多くの高齢者の方を目にします。

ここで暮らしながら、

自分の中で、理想の高齢者像や歳の重ね方を

明確にし、

そう遠くないであろう、高齢者人生に向けて、

準備をしていこうと思いました。

子育てを支援する人

こんばんは。

新しい視点で

情報集めや勉強をし始めた荒馬です。

 

絵本セラピーのご依頼を頂くようになって、

改めて【子育て】について、

本を読んだり、話を聞いてみたりと、

情報集めや勉強をしてきました。

こうして、

俯瞰して、客観的に考えることで、

自分自身の子育ての助けにもなりました。

 

次は、

子育てする人を【支援する人】の

視点を勉強中です。

今はまだ、子育て論の本を読んで、

支援する人に活かせることを考えたり、

全国のレポートを

ネットで探しながら見ているだけですが、

これはこれで難しい分野です。

 

主には、

お父さん・お母さんを

サポートするという視点が多いですが、

教育関係者・各種サービスをする側など、

支援する人も多岐に及びます。

そして、

【支援・サポート】する側は、

様々な分野での専門性や持論が

必要とされがち。

もちろん、そうである方が、

頼りやすいですが、

ともすれば、

追い込んでしまったり、

余計にストレスを与えてしまったり、

落ち込ませてしまったり、

しがちでもあると思いました。

 

良かれと思ったことが、

かえって逆効果なんてこと、

色々な場面でありますよね。

 

子育て支援も、

それに陥る可能性が大きい分野。

子どものため、子育てする大人のため

志は良くても、

やり方・接し方を見間違うと、

すれ違いや誤解が生まれます。

特に、

母親は、よりそれらを感じやすい

気がします。

 

それであれば、

どんな関わりが必要なのか、

どんなことができるのか、

そういうことを考えてみたいです。

 

というのも、

絵本セラピーのご依頼を頂いたから。

子育て支援をする人達向けに。

せっかく頂いた機会です。

荒馬もしっかり学んで挑み、

さらに、深い学びに繋げたいです。

 

自分たちが住む市町村が、

どれだけのことをしてくれるのか。

そんな視点に、親は立ちます。

距離感も大切でしょうし、

過不足ない情報発信なども

大切なのだと思います。

 

普段、

たくさんのご苦労をされている方々のために、

少しでもお役に立てればと思います。

 

子ども達の幸せのため、

まずは

大人達が笑顔でいられる環境、

大人が生きること・暮らすことを楽しむ

それぞれが個人で見つける部分でもありますが、

そこに、

【支援・サポート】があることで、

より豊かになったり、

地域ぐるみだからこそできることも

存在します。

 

子どもだけが幸せで笑顔ではなく、

大人だって幸せで笑顔に。

そうすれば、

解決すること、見えてくるものも

あるはずです。

 

綺麗事のように聞こえるかもしれません。

それだけでは、ダメなのも承知しています。

それでも、

ベースには、そんな綺麗事があっても、

スタートは、そんな綺麗事からでも、

良いんじゃないかなぁ。

そんな風に荒馬は思います。

 

そういった事をお伝えできたり、

一緒に考えられる場を作りたいなぁ。

 

自分こと、自分の目の前の人

それよりも、

少し範囲を広げた人たちに向けた視点。

日々、それらに目を向けて、

働いていらっしゃる、活動されている方が

いるのですよね。

 

非力な荒馬は、

自分のこと・自分の家族のこと・

ごく近くの人のことしかできませんが、

今回、

新しい視点の場を頂き、

馬なりに、

荒馬のできる事を、

やることができればと、

思っているところです。

 

詳細は今後、

担当の方と詰めることになっています。

楽しみですし、

そこに向けた勉強もワクワクしながら、

やっている最中です。

 

『ひがんばな』

こんばんは。

読書の秋を堪能している荒馬です。

 

毎日更新を目指していたのに、

すっかりサボり気味の最近。

夜の時間は、

読書にふけっています。 

 

絵本やら小説やら何やら…

 

さて今日はこちら

 

ひがんばな (かがくのとも絵本)

ひがんばな (かがくのとも絵本)

 

 恥ずかしながら、

テレビでしか見た事のない彼岸花

なんと自生の北限は秋田県らしいです。

とは言え、

まだ実物は見ていないのですが…。

SNSでは彼岸花の写真のアップが

目立っていて、

東北はこれから?

もう終わった?

と思い、周りの人に聞くと、

もう終わったんじゃないかなぁ。

と頼りなさげな回答。

こういう時は年配の方に聞くと良いなぁと

思いました。

明日以降、年配の方に聞いたみようと思います。

 

こちらの絵本は科学絵本のカテゴリー。

彼岸花について、詳しく、分かりやすく、

理解できます。

 

最近は他にもこんな本を読みました。

 

マスカレード・ナイト

マスカレード・ナイト

 

東野圭吾さんの作品は、

サクッと読むことができ、

必ず予想を裏切られるので好きです。

今回も見事に予想が大外れ。

内田康夫さんの【浅見光彦シリーズ】は、

犯人も動機も、

だいぶ結末に近い予想ができるように

なってきたのですが…。

 

 他には、

 

こんなに変わった! 日本史教科書

こんなに変わった! 日本史教科書

 

 

もともと日本史好きですが、

小凡師くんのお陰で、

もっと好きになり、

見つけると買ってしまいます。

自分が学生の時に習ったことが、

こんなに変わっているのかと驚きました。 

 

そして

 

「また、必ず会おう」と誰もが言った。

「また、必ず会おう」と誰もが言った。

 

 夫婦ともに喜多川泰さんファンなので、

小説は全て持っています。

何度も読み返して、楽しんでいます。

喜多川さんの使う言葉が何より好きです。

一度、

講演を企画し来て頂いた時に、

(講演を企画したのは凡師さんですが)

バーでお話しさせて頂きましたが、

素敵な方です。

話す言葉も素敵です。

 

さらにこちら、

 

いそっぷ詩

いそっぷ詩

 

 谷川俊太郎さんも好きです。

翻訳した絵本・詩集、そのどちらも、

やはりチョイスする言葉が素敵です。

 

他にも絵本を数冊、

買って読んでいます。

 

楽しい時間なので、

ついつい時間を忘れてしまい、

最近は、すっかり寝不足の荒馬。

ブログ更新も滞ってしまっています。

 

今は1:00ですが、

もう少し起きていないといけないので、

何か読もうと思います。


 

 

『たねぽっくる』

こんばんは。

誰かと何かをやることで、

思いもよらぬ成果が出ることも

あるよなぁと思った荒馬です。

 

荒馬、【協力】【チームワーク】が

苦手です。

というより、経験値が低いので、

その良さを理解しきれていません。

部活はずっと陸上部。

学校生活でも、

集団でいるよりも、

1人の方が気楽で、何事も早く済みますし、

不便を感じたことがありませんでした。

もちろん、

和を乱すことはしませんが、

行事などの時の、

取って付けたような団結力に、

それらしく装うことしかできませんでした。

 

働くようになってからは、

それでもチームを意識しました。

特に、生徒のことに関しては…。

この子の先生ではなく、

この学校の先生だということ。

連携を忘れないこと。

ある程度の足並みをそろえなければ、

連携を取らなければ、

そこから生徒指導が崩れて行きます。

教師が、

指導事例を誘発したり、助長してしまうことは、

実は多かったりします。

ここに気付かない教師が多いのも事実。

目の前の生徒のみ、

自分の仕事の範囲のみに注力すると、

実は、

他にほころびが生まれるものです。

 

とは言え、

教師には、生徒と関わらない仕事も

たくさんあります。

係仕事や文書作成などは、

1人でやる方が、

作業効率も、精度の高さも

格段に変わってくるため、

ついつい1人でこなしてしまいました。

チームでやると、

力量の差・価値観の差がぶつかり合い、

無駄な説明・無駄な打ち合わせが増えます。

有益なことも、

たくさんあることは分かりますが、

荒馬の場合は、

却って仕事が増えたり、

かなり遅い時間からの会議が入ったりと、

デメリットの方が多い職場の経験が多く、

1人でやることが加速しました。

 

プライドが高すぎるのも考えものです。

譲歩しない・柔軟になれない・謙虚さがない

このトリプルパンチに、

何度、頭を悩ませたか…。

 

こんな時、決まって思うのが

勉強ができるのに越したことはないが、

それだけの学生時代は、後々に響くなぁ。

ということ。

みんながみんな、そうではないですが、

学生時代の人間関係の経験値、

一般社会経験値(育った環境も含めて)が

低いと、こんな歪みが生まれるのか。

そんなことを思っていました。

 

今日はこちらの絵本

 

 

俳優の沢村一樹さんの作品です。

三兄弟が力を合わせて、

困難に立ち向かうというストーリーです。

 

子育て中の親なら、

自身の子に向けて願う気持ちが

描かれているように感じるかもしれません。

しかし、

荒馬、この絵本を最初に読み終えた時、

なぜか、

上に書いたように、

自身のこと、教師時代のことを

思い出しました。

 

それこそ、荒馬自身の、

チームワーク・協力の経験値の低さが、

良い経験の少なさが、

そのような気持ちを引き出したのだと思います。

そして、

教師時代を思い返した時、

教師同士(大人同士)では、

そんな経験はできなかったけれど、

生徒たちには、

たくさん教えてもらえましたし、

そんな場面を見せてもらえたことも、

思い出しました。

 

大人よりも、

高いスキルを持っていると思いました。

そして、

かなりドラマチックな展開になります。

「これ、ドラマか映画か⁉️」と

思うほど。

 

力を合わせることで、

一人では成し得なかったことが、

できるようになったり、

アイディアがたくさん生まれ、

予想以上の結果と満足感が生まれたり…。

 

自分の経験値が低いからといって、

それを否定したり、受け入れないのは、

ダメだなぁ。

長々と書きましたが、

荒馬が最終的に感じたことです。

物事には両面があります。

どちらも理解し、受け止めていかなければ、

独りよがりに陥ります。

気を付けなければ…

 

犯罪心理学を勉強中

こんばんは。

久しぶりに

心理学の勉強をしている荒馬です。

 

カウンセラーの資格を取ってから2年ちょっと。

通信講座で取れた程度の知識なので、

取得後も、

アップデートとさらなる勉強を

続けていたのですが、

絵本セラピストとして活動をしてから、

すっかり絵本の勉強や

絵本セラピーに関わる範囲の心理学しか

アップデート&勉強をしていなかったので、

少し範囲を広げた勉強をし始めました。

 

荒馬は、

サスペンスドラマや小説が好きなので、

ずっと興味があった【犯罪心理学

今回は、

軽微な犯罪の心理学を勉強し、

関連する、身近な事例なども整理しながら、

行動心理学もからめて学習中です。

 

学びの時間は楽しいです。

今回は、1人学習ですが、

新しい知識を入れるのは、

ワクワクします。

そして、自己満足ですが、

知識が蓄積される喜びもあります。

 

人から学ぶのも好きなので、

時間ができたら、外に学びにも行きたいです。

 

そして、アウトプットする場を

どんどん作っていこうと思っています。

 

『ぼくのおとうとは機械の鼻』

こんばんは。

小凡師くんの心が知りたくなったり、

小凡師くんの良さを実感した荒馬です。

 

今日は始めに絵本のご紹介を。 

ぼくのおとうとは機械の鼻

ぼくのおとうとは機械の鼻

  • 作者: みんなのことば舎,エアーダイブ,原案・土畠智幸
  • 出版社/メーカー: 医療法人稲生会(発売所/株式会社みんなのことば舎)
  • 発売日: 2017/09/07
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

出版社からのコメントには、

この絵本は、「北海道小児等在宅医療連携拠点事業」、愛称「YeLL(いぇーる)」の活動を多くの方に知っていただくために制作したものです。 自宅で医療的ケアを受けて生活する「医療的ケア児」は近年増え続けています。「YeLL」では、福祉や教育分野とも連携し、在宅医療を支えるネットワークづくりに北海道各地で取り組んでいます。「医療的ケア児」の存在とその暮らし、また子どものケアに当たる家族の姿を発信し、多くの皆様に正しくご理解いただくことも、「YeLL」の重要な活動のひとつと考えています。 事業実施団体である医療法人稲生会理事長・土畠智幸医師の、さまざまな医療的ケア児とそのご家族を見つめてきた経験からストーリーは生まれました。絵本の終わりには、公募によりお寄せいただいた、医療的ケア児とそのご家族の写真も収録しています。

と書かれています。

HPもあります。https://yell-hokkaido.net/care/

 

医療的ケアを受ける弟を見つめるお兄ちゃんの視点で

絵本が描かれています。

実際に障害児とその家族と接してきた小児科医さんが、

原案を作ったそうです。

というだけあって、

とてもリアルな感情で表現してあります。

優しいタッチと色使いの絵によって、柔らかさが出ており、

胸にしみこむ一冊です。

 

小小凡師くんも、医療的ケアを必要とする子です。

秋田県に来てから分かったのですが、

北海道は、重度心身症児・保護者(介護者)が

在宅で生活を送るためのシステムが、整っています。

凡師家が住んでいたのは、

北海道の都市部ではありませんでしたが、

拠点となる都市があります。

秋田県は、重度障害児の在宅については、

中心部ではそうではありませんが、

少し離れた地域になると、点と点ばかりで、

なかなか組織的な線には、なっていないなぁというのが、 

荒馬の感想です。

 

小小凡師くんは7歳。

小凡師くんは12歳。

小凡師くんは、5歳で兄になりました。

5歳から12歳までの7年間ずっと、

小小凡師くんにとって、大好きで、優しいお兄ちゃんです。

荒馬も不思議に思うほど、

小凡師くんは、ごく自然に弟を理解し、受け入れて、

ごく自然に接しています。

荒馬自身も、障害児の兄として小凡師くんと関わりませんでした。

ただでさえ、

我慢することが増えると思ったので…。

とは言え、

確実に弟に対しての方が、手がかかります。

それを愛情の差だと思っては欲しくないと思っていました。

ですので、

変な言い方ですが、【一人っ子を、2人、育てている】という

気持ちで荒馬も子育てをしています。

それでも、

小凡師くんには、自然と、

兄としての【色々なモノ】が備わっています。

スゴいなぁ。ただただ、そう思います。

 

この絵本に出てくる兄のように感じたことはないのだろうか。

周りの人の目や心ない言葉で、傷ついたことはないのだろうか。

 

話を聞いてみても、

「小小凡師は、ぼくの大切な弟だよ。

 小小凡師も僕が大好きだし、僕も小小凡師が自慢の弟だよ」

とサラッと言います。

親に気を遣って言っているようには見えないのですが、

真意はどうなのでしょう?

 

障がいを持つ子の兄弟姉妹のケアが重要視されているようです。

自分の兄弟姉妹を受け入れられなくて、苦しんだり、

家庭の中で疎外感を感じてしまう子もいるのだとか。

荒馬も気を付けなければと思っています。

 

それでも、こういった内容の本が出るのは、

大切な事だと思います。

医療技術の向上で、助かる命が増えました。

小小凡師くんも、

出産時のトラブルによる、脳への損傷が後遺症として残り、

現在に至ります。

 

積極的に関わって欲しいというわけではなく、

こういう人がいるんだということを知ることは大切です。

それが絵本という形で出ると、

子どもも大人も目にする機会が増えるので…

 

関連する絵本は、 

わたし いややねん (障害者の描いた絵本)

わたし いややねん (障害者の描いた絵本)

 

 

どんなかんじかなあ

どんなかんじかなあ

 

 

荒馬が、まだ受け入れられないジャンルの絵本は、

【子どもが親を選んで産まれてきた】系のもの。

五体満足で健康な、健常のお子さんを育てていらっしゃる親なら、

涙を流して読む絵本だとは思うのですが、

障がいを持つ子を育てる親は、

心の底から、この絵本を受け入れられないのでは…と、

荒馬は思います。

 

たとえ障がいを持っていても、

この親なら乗り越えてくれる・大切にしてくれる

だから、

あなたを選んで生まれてきたんだよ。会いたかったんだよ。

 

勇気づけられたり、元気をもらえたり、

感動したり、全く無いとは言い切れませんが、

そう感じた、その奥底では、真逆の気持ちがあるのも事実だと思います。

生きていてくれさえすれば…

確かに、そうです。

それでも、

ふとした瞬間に、求めてしまいます。

【普通に生まれていたら、どうだったのかな】と、

考えてしまいます。

 

そうして、

自己嫌悪になったり、自分を責めてしまいます。

その繰り返しです。

奥底には、そんな闇を抱えているのです。

 

たまに、そんな【黒い荒馬】が顔を出します。

 

小凡師くんや凡師さんは、どうなのかなぁ。

 

今日はかなり長文になってしまいました。

お読み下さった方々、

ありがとうございます。